失敗から学ぶベテランの情熱

午前の休憩時間、いつもよりピリピリした空気が流れていた。普段は寡黙なベテラン職人たちが珍しく捲し立てていた。不満そうに話す言葉で私は状況を知ったが、どうやら作成中の大事な品物を一つダメにするような大失敗があったらしい。その当事者である中堅の職人は休憩時間にも姿を見せていなかった。
その失敗というのは、作成中のシャフトの軸が最大0.2mmほど振れているということ。つまり、曲がっている。まぁ、一般的に言えば0.2mmなんて…と思うかもしれないが、OK寸法の10倍近く外れているというと分かりやすいだろうか。
シャフトやピンなどの穴にはめて使う品物というのは高い精度を要求される。太ければ穴に入らないし、細いとガタついて騒音が鳴ったり寿命が著しく落ちる。もちろん、曲がっていれば穴に入らない。要求される精度は目標値から誤差0.02mm程度。シビアなものになるとさらに厳しい。その手の品物は摩擦も嫌うので表面荒さ(滑らか度)も相当要求される。長いシャフトは軸振れの影響も相対的に大きくなる。とにかく難しい要素だらけなので、職人は気を使う。刃物がほんの少し切れなくなっていただけでも精度が出ないので刃物を念入りに手入れするし、加工熱でも0.0Xmm程度は熱膨張するので温かくなっていたら常温まで冷ましたりもする。そうして職人の神経を削ってできたような品物はまるで芸術品のように美しく、ほれぼれとしてしまうほど。コレが職人のワザの領域で、私にはあと少なくとも10年は踏み入ることを許されないであろう領域。
ところで、今回の失敗の原因は何か?それはどうやら原材料そのままの表面にある黒皮という部分を基準に加工してしまったとのこと。黒皮の表面はガタガタで、場合によってはサビていることもある。本来はその部分を「使えない部分」として粗削りして取り除き、ある程度の表面精度を出してから仕上げ加工を行う。今回はその粗削りを省いていきなり仕上げをやったために精度が狂った。ベテラン職人はそれをありえない手抜きだと怒っていたのだ。技術に対する情熱の違いに怒っていたと言ってもさほど誤解はないと思う。
「これじゃあ若い者に技術のある奴はいなくなるんじゃないか。中国に仕事全部取られちまう」
とのベテラン職人の言葉。この一件だけ捉えてネガティブな印象を持たれるのも若い者の私からすれば面白くないけれど、反論なんてとてもできなかった。